ヴェネツィアが舞台になった映画たち

 なんといっても、戦後いち早くヴェネツィアに観光都市としてのイメージを定着させたのは、デイヴィッド・リーン監督のアメリカ映画『旅情』(1955年作品)であろう。
 オールド・ミス”(今どきこんな言葉も、死語になりつつある)のアメリカ女性ジェーン(キャサリン・ヘップバーン)が、ヴェネツィアで妻子あるイタリア男性(ロッサノ・ブラッツィ)と出会い、一夏のかりそめの恋におちいるというストーリーは、多くの女性の共感を得て大ヒットした。<BR>  サン・マルコ広場でのカフェの出会い、ジェーンが8ミリ撮影に夢中になった運河に落ちるサン・バルナバ広場、男が一輪のクチナシの花を持って別れを告げたサンタ・ルチア駅など、まさにヴェネツィア名所を網羅した定番中の定番観光映画だが、さすがに名匠リーン監督だから、単なる観光映画に終わらせなかったところがヒットした原因だろう。
ブラッツィが歌った原題と同名の主題歌『サマータイム・イン・ベニス』もまた一世を風靡し、多くの歌手がカヴァーがした。

 次にめくるめく幻想都市としてヴェネツィアを描いたのが、ルキーノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』(1971年作品)同名のトーマス・マンの小説を映画化したものだが、グスタフ・マーラーに擬せられた主人公の作曲家(原作では作家)のアッシェンバッハが、リドのホテル・デ・バンで出会った美少年タッジオに魅せられ、その魅力を追い求めて後を追う主人公の切なさを描いたこの映画は、耽美派ヴィスコンティ監督の真骨頂であった。主人公に扮したダーク・ボガードの好演もさることながら、美少年役のビヨルン・アンドレセンの美しさも話題になった。現存しているホテル・デ・バンを19世紀風に造り変えてのホテルのシーンや白い砂浜のプライベート・ビーチ、さらにフェニーチェ劇場裏の小運河のたもとを歩き回るシーンが印象的だった。

 ヴィスコンティといえば、ヴェネツィアの美を極限にまで描いた『夏の嵐』を落とすことはできない。制作は1954年だから、『旅情』よりも1年早い。冒頭、フェニーチェ劇場で上演されている『イル・トロヴァトーレ』の舞台と美しい劇場内の装飾が映し出される。突如、客席から「イタリア万歳」の声が聞こえ、天井桟敷からは多数のビラが撒かれるという衝撃的なシーンから始まる。ときは、すでに共和国が崩壊しオーストリア治世の末期、ヴェネツィアの貴族夫人とオーストリア軍将校の禁断の恋と裏切りを描いた。不倫の恋にすがるアリダ・ヴァッリの妖艶な美しさが、よりいっそうこの映画の悲劇性を醸し出していた。『ベニスに死す』では、マーラーの交響曲第5番の4楽章アダージェットが効果的に使われたが、この『夏の嵐』ではブルックナーの交響曲第7番が使われていたのも、ヴィスコンティらしい趣味であった。オーストリア軍将校の名も、フランツ・マーラー。ここにも、ヴィスコンティのマーラーへの傾倒が見て取れる。
 本物のフェニーチェ劇場を使った冒頭のシーンでは、若き日のアルトゥーロ・トスカニーニに似た風貌をした人物がオペラを指揮している。ヴィスコンティ家とトスカニーニは古くから家族付き合いをしていることから、ヴィスコンティが茶目っ気でこんな画面を作ったのだろうか。(ただし、実際の映画での指揮はヴィスコンティのほとんどの音楽に関わっているフランコ・マンニーノである)
 制作されてから約半世紀後に、この映画は思わぬところでクローズアップされた。1996年に焼失したフェニーチェ劇場再建のために、劇場内部の色彩などを決定する際にこの映画のシーンが参考されたという。

 以下、ヴェネツィアを舞台にした(あるいは一部に登場する)映画を、ほぼ年代順に追っていこう。

 古い映画では、モノクローム映像ながらグランド・カナルの名を冠したフランス映画『大運河』(1956年制作)が思い出される。後にブリジッド・バルドーなどを売り出した名匠ロジェ・ヴァディムの初期作品である。写真集制作のためにヴェネツィアを訪れたフランス人ジャーナリストのミシェル(クリスチャン・マルカン)は、映画館で知りあったソフィ(フランソワーズ・アルヌール)と一夜を共にする。その背景にうごめく犯罪と謎の気配。サスペンスだけに、ヴェネツィアを舞台にしながら必ずしも定番の名所巡りということではなかった。まだ若いアルヌールのミステリアスな表情も魅力的だったが、なによりもMJQの演奏するモダン・ジャズが印象深かった。

 ディーノ・リージ監督の『ベニスと月とあなた』(1958年)は、イタリアを代表する喜劇俳優のアルベルト・ソルディが、ヴェネツィアの若いゴンドリエーレを演じた典型的なイタリア式コメディだった。題名通りヴェネツィアが舞台だけにたっぷりのこの街の魅力が堪能できた。

 名匠ジョゼフ・ロージー監督『エヴァの匂い』(1962年)は、ふんだんに謎の女ジャンヌ・モローの妖しい魅力とヴェネツィアの名所が映し出される。ホテル・ダニエリ、ハリーズ・バー、そしてサルーテ教会。主人公の家の場面はトロチェッロ島であった。

 ヴェネツィアを舞台といえば『007』シリーズも外すわけにはいかない。ジェームズ・ボンド役は初代ショーン・コネリーから何人も替わったが、この007シリーズではしばしばヴェネツィアが登場する。初期作品『007/危機一発(ロシアより愛をこめて)』(1963年)から、『007/ムーンレイカー』(1979年)、『007/カジノロワイヤル』(2006年)など3本にヴェネツィアが登場する。とくに第6代目のボンド役ダニエル・クレイグ扮する『カジノロワイヤル』では、運河沿いに建つパラッツィオを派手な仕掛けで、丸ごと崩れ落ち水没するという設定は、ヴェネツィア・ファンにとっては映画上のこととはいえ(もちろんセットである)気が気ではなかった『ムーンレイカー』では、ゴンドラが突然サン・マルコ広場に乗り上げるというのもご愛嬌。有名なガラスの工芸店『ベニーニ』も登場する。

 ジョルジュ・ロートネル監督のフランス映画『恋するガリア』(1965年)は、ミレーヌ・ダルク扮する奔放な女性がプレイボーイの妻子ある男と恋仲になり、ヴェネツィアに旅行するというだけのシーンだった。

 アルヴィン・ガンツァー監督『ベニスの出来事』(1967年)は、『0011ナポレオン・ソロ』で人気のあったデヴィット・マッカラム扮する旅行社のツアーコンダクターが、謎の女シルヴァ・コシナに出会いヴェネツィアへ・・・。

 それに比べると、セリジオ・ゴッビ監督のフランス映画『雨のエトランゼ』(1970年)は、何やら謎めいた男ヘルムート・バーガーに女性が翻弄される。向かいに住むヴィルナ・リージと恋に落ち、ハネムーンに向かった先がヴェネツィアというだけの設定だが。バーガーを追う刑事役として『ピアニストを撃て』のシャルル・アズナブールも出演していた。

 映画本体よりも、主題曲となったマルチェッロのオーボエ協奏曲ニ短調第2楽章の旋律の方が有名になったのがエンリオ・マリア・サレルノ監督『ベニスの愛』(1970年)だった。白血病で余命いくばくもない指揮者を目指すオーボエ奏者(トニー・ムサンテ)が、別れた妻(フロリンダ・ボルカン)呼び出し、かつて二人が過ごしたヴェネツィアに誘う。

 デュ・モーリエの原作による『赤い影』(1973年)は、オカルトっぽいサスペンス・スリラーだ。イギリスの修復士のジョンは、教会修復のために妻ローラとともにヴェネツィアに滞在している。ある日、レストランで盲目の霊能力者にであう。そしてその霊能者から事故でなくした娘の例の存在を聞かされ、その霊能者に妄信するローラ。それを心配してローラを霊能者から引き離そうとするが、彼もまた赤いレインコートを着た娘の幻影に惑わされていく。夫のジョンにジョン・サザーランド、妻ローラにジュリー・クリスティという配役。主としてスキアヴォーニ河岸で撮影された。またスカルツィ橋なども見受けられる。

 カトリーヌ・ドヌーヴ出演、イタリアの名匠マウロ・ボロニーニ監督の『哀しみの伯爵夫人』(1974年)は、感傷的な邦題名とは裏腹に、20世紀初頭にボローニャとヴェネツィアを舞台として実際にあった殺人事件を映画化したもの。伯爵家に嫁いだ妹リンダと兄の医学の教授ツリオ・ムウリが、愛のなくなった妹の夫を殺害するという実話である。ゴンドラで運河を渡るシーンなどでヴェネツィアの雰囲気を出している。

 アルド・ラド監督『家庭教師』(1974年)。家庭教師をしながら生活する貧乏学生アントニオは、まちで見かけた少女マリアと出会い、二人はたちまち恋に落ちる。厳格な親の監視をくぐり抜けながら若い二人がヴェネツィアを舞台に繰り広げるラブ・ロマンス。オッタヴィア・ピッコロとジャンニ・モランディの共演。映画音楽の名手エンニオ・モリコーネの音楽が甘く切なく流れる中を、ゴンドラに乗った二人が行くというお定まりのシーンがみられる。

『料理長殿、ご用心!』(1978年)は、グルメ・ブームを先取りしたようなミステリー・コメディ。バッキンガム宮殿での晩餐会に世界の4大シェフが招かれる。ディナーは成功したものの、これにかかわったシェフは次々に殺されていく。紅一点のシェフであるナターシャ(ジャクリーン・ビセット)もあわや、というところで真犯人が判明。彼女が訪れるヴェネツィアのホテルが、チプリアーニという設定。その他運河沿いのレストラン風景なども楽しめる。監督はテッド・コッチェフ。音楽はヘンリー・マンシーニが担当していた。

ジョージ・ロイ・ヒルといえば、『スティング』でアカデミー監督賞をとり,『明日に向かって撃て!』など数々の名画を残した監督だが、その彼が制作した『リトル・ロマンス』(1979年)は、それまでの彼の作品とは違って少年少女のほほえましい恋を描いたラブ・ストーリーだ。ふとしたことから知りあった幼いダニエルとローレンは、ヴェネツィアの“ため息の橋”の下で日没の瞬間にキスをすると、その恋人は永遠に結ばれるという「サンセット・キッス」の伝説を聞き、それを実行しようとヴェネツィアに向けて家出をする。もちろん、そんな“伝説”は、この映画での作り物。とは言え、ドゥカーレ宮殿と隣接する牢獄をつなぐこの橋が、有罪判決を受けた囚人が最後に外界をみる場所がこの橋だという。それから、“ため息の橋”(“嘆きの橋”とも)と呼ばれるようになったのは、共和国崩壊以後のことでバイロンが詩の中で表現してこのイメージが定着した。名優サー・ローレンス・オリヴィエも出演し、少女ローレンは、その後演技派女優として活躍するダイアン・レインが扮し、彼女のデビューを飾った。

『インディ・ジョーンズ最後の聖戦』(1989年)ハリソン・フォード主演のアクション映画として圧倒的な人気の『インディ・ジョーンズ』シリーズの第3作目。インディの少年時代と父親ヘンリーとの関係があぶり出される。この父親に扮しているのがショーン・コネリーで、彼が最後に消息を絶ったヴェネツィアに向かうという設定で、この地が登場する。彼を案内する美人博士が案内する図書館は、サン・バルナバ教会で撮影された。同教会は、かつて『旅情』でヒロインがコブレットを買った広場にある。

 主人公がグリッティ・パレスに宿泊している映画なら、ヴェネツィア大好き人間のウッディ・アレンが監督出演した『世界中がアイ・ラブ・ユー』(1996年)もそうだった。とくに娘と一緒にこのホテルで朝食をとるシーンは、何とも贅沢。アレンが、美術史研究家のジュリア・ロバーツを口説くために付け焼き刃の美術論議をする場所は、かのティントレットの天井画で有名なサン・ロッコ大同信会館である。その他カ・ドーロなども登場する。ちょうどこの映画が完成する直前に焼失したフェニーチェ劇場のために、ヴェネツィア映画祭ではこの映画の収益を寄附したという。

 エリック・ロシャン監督『アンナ・オズ』(1996年)では、パリに住む普通の娘シャルロット・ゲンズブールが、ヴェネツィアに来て華麗に変身。ヴェネツィアの古い町並みが彼女のコケテッュな魅力を引き立たせる。

 たっぷりとヴェネツィアの風景を満喫させてくれるのが、ヘンリー・ジェイムズの同名の小説を原作とした『鳩の翼』(1997年)である。ロンドンに住む主人公ケイトはロンドンに住む娘、貧しい新聞記者マートンと恋仲になるが後見人の叔母からは厳しく上流家庭の子弟と結婚するように命じられる。そんなときに現れたアメリカ人の金持ちだが病弱な娘ミリー。ケイトはミリーがマートンに恋したことを知ると彼と結婚させ、その遺産で金持ちになった彼と結ばれようとする。

 原作者ジェイムズも、またヴェネツィア好きで長くバルバロ宮に滞在しており、小説でも随所にこのパラッツィオが登場する。映画の方も実際にバルバロ館で撮影された。その他、サン・ロッコ大同信会館などでも撮影され、現地ロケの効果を上げている。後半はサン・マルコ大寺院、サン・マルコ広場、リアルト橋、サルーテ教会などヴェネツィアのさまざまな場所をカメラが追う。この役によって1997年アカデミー賞主演女優賞を獲得したヘレナ・ボナム・カーターの演技が見もの。

 同じくバルバロ館で撮影された映画は、『鳩の翼』と同じ年(1997年)に制作され、ヘミングウェイの青年時代を描いたリチャード・アッテンボロー監督、サンドラ・ブロック、クリス・オドネル主演の『ラブ・アンド・ウォー』(1997年)だ。とはいえ、ヴェネツィアは、サンドラ・ブロック扮する看護婦にヴェネツィアに邸宅を持つイタリア人軍医が求婚して、その家に招待されるといったシーンで登場するなどごくわずかしか登場しないが、その邸宅になっていたのがバルバロ館だった。その前に軍医が求婚をする場所は、アルセナーレの中のようだ。この映画前半の野戦病院などのシーンなどは、ヴェネツィア近郊のバッサーノ・デル・グラッパとヴィチェンツィアでロケしたものという。

 実在の人物を描いた映画では、16世紀に女流詩人としても名高かったコルテジャーナ(高級娼婦)ベロニカ・フランコの半生を描いた『娼婦ベロニカ』(1998年)がある。若い貴族と恋に落ちるが、身分の差から結婚はできない。そんなベロニカが選んだ道は、母親と同じ高級娼婦だった。やがて、ヴェネツィア随一のコルテジャーナとして多くの男から言い寄られる。ついにはヴェネツィアの危機を救うためにフランス国王アンリ3世の接待をするまでにのぼり詰めるが、やがて没落するという女性の悲劇を描く。ここでもふんだんにヴェネツィアの建物が登場する。

 ヴェネツィアでの灼熱の恋を描いたフランス映画が『年下のひと』である。(1999年)これは、ジョルジュ・サンドとアルフレード・ド・ミュッセの情事を描いたもので、最初に二人が到着するのは、リアルト橋の北側のエルベリアのあたりだ。二人が泊まっていたホテルは、史実ではダニエリだが、映画ではピサーニ・モレッタ館が使われていた。カフェが登場するシーンはもちろん、カフェ・フローリアン。ミュッセが酔っぱらって雨に打たれるシーンには、カンポ・デラバッツィアで、さらにその奥に見える教会はサンタ・マリア・ディ・ヴェルヴェルデ教会とは、ヴェネツィア通の栗林教授のお見立てだ。

 『逢いたくてヴェニス』(1998年)恋人と一緒にヴェネツィアに不倫旅行に行ってしまった夫を追って、ドイツからヴェネツィアまで旅するドイツ製ロード・ムービー。ただし、追いかける妻の相棒が不倫相手の夫というのだから、内容はそれほど深刻にはならない。お決まりのカナル・グランデやコッレール美術館が登場、ホテルはグリッティ・パレスだからこの不倫旅行もちょっとお金がかかっている。

 ルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』(1960年)は、アロン・ドロンを一躍大スターにしたフランス映画だったが、それをリメイクしたのがアンソニー・ミンゲラ監督のアメリカ映画『リプリー』(1999年)だった。もともとはアメリカの人気ミステリー作家パトリシア・ハイスミスの小説が原作で、主人公リプリーはマット・ディモンが演じていた。ヴェネツィアが登場するのは後半からだが、グラン・カナル沿いのカ・サグレド(現在は同名の高級ホテルになっている)、パラッツィオ・モストなどの邸宅の他に、ホテルではヨーロッパ・エ・レジーナが登場する。

 シルヴィオ・ソルディーニ監督『ベニスで恋して』(2000年)は、家族と出かけた旅行でツアーバスに置き去りにされた平凡な主婦ロザルバ(リーチャ・マリエッタ)。仕方なくヒッチハイクで帰宅するはずだったが、たどり着いた先がなんとヴェネツィア。車から降ろされたローマ広場で途方にくれていると、トラットリアの主人(ブルーノ・ガンツ)に出会い、彼の家に泊まらせてもらうことになる・・・。

 マイク・フィギス監督『HOTEL』(2001年)は、ジョン・マルコヴィッチが出演。映画の撮影のために泊まったリド島のホテル・ウンガリアの中で、監督のトレントが撃たれて騒動が起きる。

 オタール・イオセリアーニ監督『月曜日に乾杯!』(2002年)は、フランスの片田舎に住むヴァンサン(ジャック・ピドウ)が、日常から脱出するために一人旅でヴェネツィアへ行く。サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会やジッテレ音楽学校などが映し出される。  この作も前述の『ベニスに恋して』も、いずれもイタリア人監督だけにヴェネツィアを撮っても、さすがありきたりな観光地めぐりに留まらず、日常のヴェネツィアを描いているのが印象的だ。

 ショーン・レヴィ監督『ジャスト・マリッジ』(2003年)は、大富豪の娘サラと、身分違いのトムが周囲の反対を押し切って結婚。ヨーロッパへハネムーンに出発。パリでは散々な目に遭うが、ヴェネツィアではサン・マルコ大寺院やためいきの橋など、お定まりの観光コースをめぐるラブ・コメディ。公開当時全米で大ヒットした。出演は若手のアシュトン・クッチャーとブリタニー・マーフィー。

 ヴェネツィアといえば、シェイクスピアの名作『ヴェニスの商人』の映画化を外すわけにはいかないだろう。最近では、アル・パチーノがシャイロックに扮した『ヴェニスの商人』(2004年アメリカ他合作)が出色だった。監督のマイケル・ラドフォード自ら脚本を書いたこの作品では、どちらかといえば従来敵役のイメージのシャイロックにも温かい目を向け、虐げられたユダヤ人の哀しみを描いている。映像も現地ロケを多用し臨場感を醸し出している。

ヴェネツィアが生んだ希代の大プレイボーイ、ジャコモ・カサノヴァ(1725−98)は、その豊富な女性遍歴を綴った『回想録』ゆえに、どうしても漁色家のイメージが強いが、16歳にして法学博士となり、その後聖職者や外交家として辣腕をふるい、作家としても大成した人でもある。後年、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』作曲の際は、台本作家ダ・ポンテに助言を与えたという伝説もある。

 ラッセ・ハルストレム監督の『カサノバ』(2005年)では、さすがディズニー・プロの制作だけにヒース・ロジャー扮するカサノヴァも、過去のカサノヴァ映画で比べると官能性が少ない健全なタッチのロマンチック・コメディに仕上がっている。実際に、サン・マルコ広場で18世紀のカーニバル・シーンを撮影したというのが話題となった。その他にもサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会やドゥカーレ宮殿など、現地ロケの特色を十分に発揮している。

 ちなみに過去のカサノヴァ映画といえば、ジョン・サザーランドを出演に据えたフェデリコ・フェリーニ監督『カサノバ』(1976年)、リチャード・チェンバレン出演サイモン・ライトル監督『カサノバ』(1982年)では、相手役にフェイ・ダナウエイ、シルビア・クリステルなど多彩な女優陣が共演していた。アラン・ドロン出演、エドゥアール・ニエルマン監督『カサノヴァ最後の恋』(1992年)は、アルトゥール・シュニッツラーの原作『カサノヴァの帰還』を映画化したもの。

 人気のアンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップが初めて共演したミステリー・サスペンス『ツーリスト』(2010年)は、(アメリカ人が好む)ヴェネツィアの魅力をふんだんに振りまいてくれた。もともとはフランス映画『アントニー・ジマー』(日本未公開)をハリウッドがリメイク(フランスとの共同製作)したもの。監督は、ドイツ出身のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。アメリカ製だけに豪華絢爛のヴェネツィアが映し出されるが、随所でご都合主義が顔を出す。ホテル・ダニエリも舞台になっているが、実際の場所とは違いカナル・グランデ沿いになっているからといって目くじらを立ててはいけない。

 一介の携帯電話店の店員から、イギリスのオーでション番組に出演し子どもの頃から夢見たオペラ歌手として成功を収めたポール・ポッツのサクセス・ストーリーを描いたのが『ワンチャンス』(2013年)である。彼が、最初に留学した先が、ヴェネツィアの音楽院なのだが、ここでかのパヴァロッティのオーディションを受けてみごと失敗し、再び挫折を味わう。ヴェネツィアの音楽院といえば、マルチェッロ音楽院のことでパヴァロッティ役のソックリさん?が登場するのもご愛嬌。